子供が流された昨年の神戸の水害の教訓2009年03月09日 06時18分50秒

水工学講演会で聴いた昨年の神戸の水害の話では、水害直後に新聞で言われていたことと、その後の詳しい調査でわかったこととでは、原因がだいぶ違っていた。

神戸のような市街地のうしろに山が控えているようなところでは、山に降った雨もあっという間に海まで流れ下る。
だから集中豪雨があれば下流ですぐに激流が発生してもおかしくないというのが、水害直後の見方だった。

だけど、詳しく調査をしてみると、山と市街地の境目あたりの場所では、あまり水が増えていなかったらしい。
山に降った雨は川にはあまり出てきていなかったということだ。

ではなぜ突然の激流なのか。
山から海までの狭い住宅街のエリアに降った豪雨が、下水管を伝って一斉に川に出てきた。
そして、その川は河床勾配が1/20-35くらいの急勾配。
川に一気にはき出された大量の水が、かたまりとして急勾配の川を一気に流れ下ったということだった。

山に降った雨が一気に流れ下ったわけじゃなく、中下流の住宅街に降った雨がまとまって川にはき出されて、水のかたまりとなって流れていったということ。

結論だけを聞いたら、なーんだそういうことかで終わってしまいそうなんだけど、終わってしまったらだめだ。
現実、その神戸の災害では5人の命が犠牲になっている。
防げなかったことをこの分野にかかわる技術者、専門家は敗北と認めたほうがいい。(もちろん僕自身も含む)
教訓として活かさないと、またどこかで必ず起こる。

シンポジウムの会場からのコメントで、いまや時間雨量100mmという豪雨は毎年どこかで起こっていて、みんなが自分の地域でもありえることだという認識をもたないといけないと言われていた。
今回の災害の教訓をきちんと日本全体に提言として強く発信しなければいけないと言われた先生もいた。
同感だ。
ただ、僕ら現場の技術者としては、上からの提言を待つのではなく、できること、やるべきことは先にどんどんやればいい。

もうひとつ、シンポジウムは学会の中の講演だったので、参加していたのはほとんどが大学の先生達。
実際の施策に移す立場の行政の方々、国土交通省の人も、都道府県の人も、さらにコンサルタントの人たちもほとんど来ていなくて、会場の切迫感が行政レベルにはなかなか伝わりそうにない。

災害も半年も経てばもう忘れられてしまう。
ほかの地域で起こったことは特にそうだ。
北海道も例外じゃないのだ。
同じような突発的な局地的豪雨での災害は十分に起こりえる。
神戸の水害を教訓にさせてもらって、北海道でこれから何をすべきか行政の方と議論しながら真剣に考えていこうと思う。

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