雑感22018年05月27日 09時36分03秒

段取りばっかりやってたら頭悪くなる。
マネジメントもほどほどにしないとそれだけでしかなくなる。
自分が生み出すことも並行にしなきゃ。
ということを思う段取りばかりの日常。

雑感2018年05月27日 09時31分30秒

実力が拮抗しているときや自分らが下の時に相手に勝つのは、戦略で紙一重の勝ちをまっとうに掴むときか、相手の失敗で勝ちが転がり込んでくるとき。
勝てば官軍という言葉もあるくらいだから、勝つためには手段を選ばないということの良し悪しは大昔から議論されてきたことなのだろう。
ただ、勝てば官軍に疑問を持たなくなると、禁じ手を使うことに躊躇しなくなるのかもしれない。

スポーツの世界のことだろと考えることではない。
仕事をとるために何をしてもよいというわけではない。
仕事をとられないために何をしてもよいというわけではない。

でも食っていくということはそんなに甘いことではない。
人がいる組織として、食わしていけなけなくなれば、人を路頭に迷わせることになる。
甘くない。
だから食っていくためには手段選ばず?

仕事の契約では2位は意味はない。
惜しかったねと慰められても、2位だと仕事は入らず収入も入らない。
銀メダルはいらないのと一緒。
自分の身に置き換えて、勝っていくために何をすべきか、自分のこととして考えていかないといけない。

雑感もろもろ2018年05月13日 09時11分44秒

技術系の仕事をしている人には技術屋さんが多いと知人が言う。
彼が言う技術屋さんとは、技術的な作業に力を発揮する人とのこと。
技術的な課題があって、それを何らかの手段を見つけて解決していくことに面白さを感じるという仕事のやり方が合っている人。
ただ、マネジメント的な見方で、いま何をやらなければいけないか、世の中の流れから自分らのやるべきことを考えて提案して議論していくということは自分の仕事ではないとか、不得意だから避けようとか、そんな感じになる。
ある先生からも、話が大きくなると対応が難しいと感じられるのかなと言われた。
人それぞれ得意不得意があるから何とも言えないけどね。
でも課題を与えられないと仕事できないというのは、中堅以上の立場としてはちょっと足りなくないか。


久々に現地を歩くと楽しい。
普段は中で仕事していることが多いので、気分がリフレッシュする。
先日の釧路の現地ではタイムラプスカメラを設置してきた。
どんな画像がとれるのか、とても楽しみ。
楽しみがなきゃね。


今年は意識的にいろんな人を巻き込んで仕事をするようにしている。
僕のまわりは多少混乱しているかもしれないけど、やはり自分らの固定した知識で仕事していたらそれ以上の観点が入らないし、ちょっと聞いてみるだけであっという指摘をもらえるときもある。
それに、こちら側のスタッフも、人と関わりながら仕事していくことを鍛えられる。
視野を広げて頑張ろう。


長い歴史の中で、世の中の文明の発展が進み始めたのはどのへんからか。
何となくだけど、例えば奈良時代や平安時代から室町時代くらいまで、使える道具は大きくは進化していないのかも。
何がきっかけ?
電気なのかな。
アインシュタインかエジソンか。
車とかパソコンとか通信技術とか、元をたどると大きな飛躍のきっかけは何なのだろうか。
中学の教科書に書いてあるのかな。


こないだ同僚が僕にバレーボールサークルを紹介してくれた。
土日もうちで仕事してばかりじゃダメですよということらしい。
確かに。
仕事ばかりしているわけじゃないけどね。
でもありがたい。
来週が楽しみ。

考えごといくつか2018年04月30日 17時40分17秒

最近は出張記録のようなことばかり書いていたけど、たまには文章を書こうかと思う。
それこそ雑想をとりとめなく。


先日、仕事を引っ張る立場の方と話をしていて、自分でがつがつ引っ張るのではなく、その分野に精通して貪欲な方がいればその人を立てて引っ張ってもらう仕事をしたほうがいいという話になった。
僕もどちらかというと自分が引っ張ろうというタイプだと思うのだけど、実は最近同じようなことを考えていた。
つまり、仮に自分がそれなりのレベルであっても、自分の先頭意識が強すぎると、仕事のレベルが自分レベル以上にはならないわけで、さらに上の仕事にしようとしたら、自分よりわかっていて、自分より熱意のある人と組んで、上を求めていったほうがいい。
自分はそういうやり方に少しずつ変えてきている。
自分でやることをやめたとか、一線で戦うことから一歩退くとかではない。
自分が全てという背負い方をいつもやらないということ。
今頃気づいたのかということかもしれないけどね。
でも、そうすると、できる人を仕事に巻き込むわけで、そのつもりの僕はいいけれど、僕の周りは、関わらないといけない人が一人増えたという面倒くささを感じることもあるかもしれない。
でも、自分たちだけでクローズして仕事するのは、ある程度手順が見えた定型的な仕事ならいいけど、そうでない、つくり出す仕事ではダメだね。


別の話、たびたび英語をなんとかしたいと思いながら、英会話に通ったこともあり、でもなかなか苦手領域から抜け出せずほぼ諦めていたのだけど、また諦めきれない思いが出てきて、年明けくらいからこっそり勉強をまた始めた。
こんなとこに書いたらこっそりにはならないけど。
いろんなことを歳のせいにする気はないのだけど、覚えたと思ったことが頭に残らないという年齢なりの衰えはすごく感じる。
勉強は裏切らないというけれど、記憶は裏切られる。
だいぶ単語を調べる回数が減ったかなと感じるのがせめてもの救い。
ま、めげずにやるだけか。


働き方改革は総論賛成なんだけれど、みんなそれでいいのとも思う。
そりゃ早く帰りたいし、しんどい仕事はしたくない。
でもしんどいことをやった先に経験が残るし仕事の知識も残る。
面倒な相手とはやり合いたくないけど、その経験が仕事の自分を強くする。
パワハラという言葉も広まり、上は下にあまり負荷をかけさせないのが良しとされるけど、面倒な仕事を上が引き取ったりほかの人に回したりすることは、実は下ができる経験を奪っていることになっている。
目先の負荷の軽減が、飛躍のチャンスを逃させることになっている。
そんな状況でも嫌がらずに、逃げずに仕事を引き受ける人だけ実力が伸びる。
つまり、働き方改革というのは、やる人がさらに伸びて、やらない人がそのまま変わらずあり続けるという社会をつくっていくということ。
実力の格差社会がやってくる。
奪い取るように仕事をするという感覚も時には必要ではないの。
権利を主張してほどほどの仕事だけして、実力もついて給料も地位もアップするという都合の良い世の中はおそらくない。


このブログ、始めてから10年以上経っていた。
文章を書くことの訓練も兼ねていたので、はじめの頃はもっと一生懸命文章を書いていた。
誰が読んでいるかわからないのだけど、2回同じようなことは書かないという自分の中の決まりごとをつくって、そのときそのときの考えを記録のように書いていた。
まだまだ書くぞという思いはあるのだけど、特に最近は日常こなすこと、考えることが多くて、ここに文章を書く時間をなかなかつくれない。
それほど文章を書く要領がまだ備わっていないということか。

世の中連休中だけど、休みっぽくない時間の過ごし方をしている。
ほどほどに休まなきゃね。

働き方改革2017年10月15日 11時17分11秒

だいぶ秋っぽくなってきた。

長時間労働はやめて健全な生活をと言うは易し。
目の前にやることがあって、期限もあって、投げ出せない。
人に振ろうにも、振れる人もいないし、予算もない。
どうする?
「時間と金がないからこの程度までです」と相手に言う?
なんとかしてくださいと上司にすがる?
すがってなんとかなるんだったら先にやっている。

受注者、自分らの問題もあるけど、相手の問題が実は大きいときも多い。
契約してるんだからという大義名分で、突発的な要求をねじこむ。
受注者側がどれだけスケジュール管理しても、発注者側がスケジュールとか契約額に対して求める成果の量と質を管理していなければ、無理強いだらけになる。

働き方改革。