北大文学部のゼミで川の仕事の話をした2008年10月25日 21時43分56秒

一昨日、北海道大学文学部のゼミに参加した。
夏に知り合った文学部の先生とそのときの飲み会で意気投合して、学生さんに川の仕事のことをゼミで話そうということになったのだ。

大学にはよく通ったけれど、文学部に足を踏み入れたのは実は初めてだ。
文学部と言っても、文学少年・文学少女が揃っているわけでなく、そのゼミには社会学や地理学に関心がある学生さんが集まっているということが行ってみてわかった。

ちょっと狭めのゼミルーム。
ふつうの講義教室と違って学生さんとの距離が近いので、表情がそのまま見える。
表情を見ていると、義務的な授業のように受け身で聴いているか、何かを吸収しようとして積極的に聴いているかが、何となくだけどわかる。
この日の学生さん達はほとんどが後者で、しっかり聴いてくれていると感じると、思わず僕も話に力が入った。
調査で撮ったいろんな川の写真を例にして、川の改修、魚道、ダム、住民とのワークショップなんかの話をした。
あっという間の90分だった。

終わったあとに書いてもらった感想用紙を見ると、よく内容を理解して、しかも自分なりの疑問や考えを書いていて、僕はとても感心した。
人の話を聞いたときに、それをすっと受け入れるだけで終わってしまうのではなく、自分で一度吸収したあと頭で考え直して、そのあとに自分の言葉での疑問を出せるようになる。
そんな訓練ができていると思うような感想が多かった。
ある意味、僕にとってこれは感激なのだ。

ただ難しいなと思ったこともひとつあって、例えば学生さんとのやりとりの中で、川の管理組織が上流と下流とで分かれていて、うまく連携できていないこともあるという話に及ぶと、聞きかじった知識の中でそれがすぐに縦割り行政の弊害というような結論にすぐにつながってしまう可能性がある。

いろんなことに意識の高い人は、勉強で知識が増え新聞などで一般論としての考え方が頭に入っているから、ある情報が頭に入ってきたときにこれまでにため込んだ知識と瞬間的につながってしまう。

自分の思考を鍛えるということを考えれば、入ってきた情報と過去に入れた知識がつながった瞬間がチャンスなわけで、そこで問題の本質的なところを自分なりに深く掘り下げられると一般論が持論へと変わっていくのだと思う。

だけど、入ってきた情報と過去に入れた知識とがつながった瞬間に、そこで一般論にすぐに結論をつなげてしまうと、その一般論の考え方を自分の頭の中で練り直すという過程を経ないことになる。
これは受け売りを受け売りと自覚しないで使う癖がつくということになりかねず、非常にまずい。

そう考えると、安易に「縦割り行政の弊害」のような話につながる話題をしないようにと思うのだが、これはなかなか難しい。
その場の話の流れというのもあるしね。

ま、それでも学生さん達の反応も良かったし、夜も飲み会におじゃまさせてもらって存分に話ができたし、またの機会にでももっと面白い話をしようと思う。
とても楽しい1日でした。

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