大災害の対策と平常時の技術論 ― 2011年05月01日 19時04分28秒
大津波の映像を見たあとで、たまたまある先生と話す機会があって、防災に対する考え方についてこれからどう考えていったらいいかという話になった。
昔、戦後のイメージだけど、まだ国土整備が進んでいない頃は大洪水とか大きな災害が至る所で起こっていたので、災害対策に何かやるということにたいていの世の中の人達は何の疑問も持たなかったと思う。
それがいまの時代、ある程度の災害対策が進んだこともあって、昔のように頻繁にある程度の災害が起こるということはなくなった。
だからと言うわけではないけれど、平常時とかちょっとした災害レベルのことに気が回るようになって、親水利用とか、生物の生息場とか、大災害の議論とはちょっと次元の違うことを、それはそれで熱心に議論するようになった。
それで、今回のような災害で、何というか、そういう日常レベルの議論がチャラになるというか、そんなこと言ってる場合じゃないという議論になっちゃうんじゃないかという話をその先生としていた。
生物の生息場がどうのとか、安定した川の状態はとか、そもそもある状態が維持されることを前提にした議論は、今回の津波災害のような全てを変えてしまうようなことが起こることは前提にはしていない。
膨大な犠牲者が出てしまった今回の災害を教訓にすれば、これだけの自然現象が起こる場合にどうやって人的被害を抑えるかというのは最優先に考えていかないといけないと思う。
ただ、平常時の技術論は控えるべきかというとそうではないと思う。
優先にするのは災害対策であっても、それと並行してでも、平常時の技術論も進めておかないと、またある時になって災害対策ばかり考えて環境のことはないがしろにしてしまったということになりかねない。
やはり、せっかくなので同時並行がよい。
昔、戦後のイメージだけど、まだ国土整備が進んでいない頃は大洪水とか大きな災害が至る所で起こっていたので、災害対策に何かやるということにたいていの世の中の人達は何の疑問も持たなかったと思う。
それがいまの時代、ある程度の災害対策が進んだこともあって、昔のように頻繁にある程度の災害が起こるということはなくなった。
だからと言うわけではないけれど、平常時とかちょっとした災害レベルのことに気が回るようになって、親水利用とか、生物の生息場とか、大災害の議論とはちょっと次元の違うことを、それはそれで熱心に議論するようになった。
それで、今回のような災害で、何というか、そういう日常レベルの議論がチャラになるというか、そんなこと言ってる場合じゃないという議論になっちゃうんじゃないかという話をその先生としていた。
生物の生息場がどうのとか、安定した川の状態はとか、そもそもある状態が維持されることを前提にした議論は、今回の津波災害のような全てを変えてしまうようなことが起こることは前提にはしていない。
膨大な犠牲者が出てしまった今回の災害を教訓にすれば、これだけの自然現象が起こる場合にどうやって人的被害を抑えるかというのは最優先に考えていかないといけないと思う。
ただ、平常時の技術論は控えるべきかというとそうではないと思う。
優先にするのは災害対策であっても、それと並行してでも、平常時の技術論も進めておかないと、またある時になって災害対策ばかり考えて環境のことはないがしろにしてしまったということになりかねない。
やはり、せっかくなので同時並行がよい。
プロポ書き、「考えない練習」、部署面談、あてなきぼやき ― 2011年05月02日 12時38分26秒
連休の中日で会社は静か。
もともとこの時期は早い契約業務がなければヒマなので、みんなどんどん休めばいい。
プロポーザルを書いている。
今年度のプロポは全てほかの部署にまわってたので僕が書くのは1本目。
しかし期限が5月10日で全然時間がない。
ま、それでも書くしかないのでしょうがない。
昨年度は全然ダメだったので、今年は書き方を変えてみている。
同じことばかりやってても教訓の蓄積にならない。
もともと本命でもないだろうから、多少賭け気味でも挑戦者の気楽さを存分に活用すべし。
これまで落ちた書き方にこだわるほうが滑稽だよね。
「考えない練習」という本を読んでいる。
本屋でたまたま見つけてぱらぱらと見て即購入。
だいぶ売れているそうだけど、確かによくある自己啓発本とはちょっと違う。
(自己啓発本というくくりでいいのかわからないけど)
感想は最後まで読んでから改めて書こうと思うけど、考える人が考えない人に「もっと考えろよ」と感じてしまうストレスは、考える人のほうが改めたほうがいいのか。
もう少しじっくり読んで理解すべし。
恒例3ヶ月に1回の部署面談をやった。
新入社員も加わり気分一新で、今回から全体面談の時間にひとりひとり3分スピーチを義務にした。
自分で話題を見つけてそれをひとつのお話にする。
小学生でもやるようなことだけど、人それぞれ特徴が面白いくらいに表れる。
最近感じていることを自分なりに解釈して話す人、とりあえず手近な話題を当たり障りなくまとめる人、優等生的に自分の考えを説明する人、まあみんなそれぞれ。
ただ、こういうちょっとした発表でも経験の蓄積があとあと身になると思うよ。
自分のスピーチに対するまわりの反応を自分でどう受け止めるか。
この低成長時代、仕事量に対して時間がありすぎるせいか、それとも律儀な世の中になってきたためなのか、細かなことに目がいきすぎる。
そんなことどうでもいいから目の前の仕事を片付けなきゃというときならきっと目に入らないようなことが、気になってしょうがなくなる。
技術系の仕事なのに人との関係で時間が取られ思考を奪い取られる。
そんなに器用じゃないからね。
ひとつのことが頭を占めて、本当は大事なことを考える邪魔をする。
ま、それも現実、ひとつひとつを片付けていくのみか。
もともとこの時期は早い契約業務がなければヒマなので、みんなどんどん休めばいい。
プロポーザルを書いている。
今年度のプロポは全てほかの部署にまわってたので僕が書くのは1本目。
しかし期限が5月10日で全然時間がない。
ま、それでも書くしかないのでしょうがない。
昨年度は全然ダメだったので、今年は書き方を変えてみている。
同じことばかりやってても教訓の蓄積にならない。
もともと本命でもないだろうから、多少賭け気味でも挑戦者の気楽さを存分に活用すべし。
これまで落ちた書き方にこだわるほうが滑稽だよね。
「考えない練習」という本を読んでいる。
本屋でたまたま見つけてぱらぱらと見て即購入。
だいぶ売れているそうだけど、確かによくある自己啓発本とはちょっと違う。
(自己啓発本というくくりでいいのかわからないけど)
感想は最後まで読んでから改めて書こうと思うけど、考える人が考えない人に「もっと考えろよ」と感じてしまうストレスは、考える人のほうが改めたほうがいいのか。
もう少しじっくり読んで理解すべし。
恒例3ヶ月に1回の部署面談をやった。
新入社員も加わり気分一新で、今回から全体面談の時間にひとりひとり3分スピーチを義務にした。
自分で話題を見つけてそれをひとつのお話にする。
小学生でもやるようなことだけど、人それぞれ特徴が面白いくらいに表れる。
最近感じていることを自分なりに解釈して話す人、とりあえず手近な話題を当たり障りなくまとめる人、優等生的に自分の考えを説明する人、まあみんなそれぞれ。
ただ、こういうちょっとした発表でも経験の蓄積があとあと身になると思うよ。
自分のスピーチに対するまわりの反応を自分でどう受け止めるか。
この低成長時代、仕事量に対して時間がありすぎるせいか、それとも律儀な世の中になってきたためなのか、細かなことに目がいきすぎる。
そんなことどうでもいいから目の前の仕事を片付けなきゃというときならきっと目に入らないようなことが、気になってしょうがなくなる。
技術系の仕事なのに人との関係で時間が取られ思考を奪い取られる。
そんなに器用じゃないからね。
ひとつのことが頭を占めて、本当は大事なことを考える邪魔をする。
ま、それも現実、ひとつひとつを片付けていくのみか。
仕事を選ぶ? ― 2011年05月07日 21時36分01秒
「いつも随分悩みますし、、売る気あるのかといわれますが、、人の数倍売る気有ります。しかし私らの培ってきたやり方やカラーやスタンスは変えたくありません、、ほとんど大切なお客さんに教わったことばかりです。」
これは僕がいつも見ている中古車屋さんのネットのコメント。
(断っていないですが、そのまま転記します)
確かにこの店のコメントを読んでると、すごくぶっきらぼうで、こびることが全くなく、愛嬌で売ろうという感じを受けない。
そんなふうなコメントが面白くて、車買う気もないのに、僕はこの店の車情報をいつもチェックしている。
僕はここまで言い切ることはなかなかできないけど、これと似たようなことを、僕は自分の仕事で思っている。
カラーやスタンスを変えたくないとかそういうことではない。
仕事はやる気ある。
もっと仕事やりたい。
でも、じゃあ何でもやるかというと、何でもはやりたくない。
わがままで言うのではない。
自分が受け持つことで相手を満足させられないことが明らかなときは引き受けたくないということだ。
このご時世、そんなこと言ってる場合じゃないという理屈もわかる。
あんたはもうそんなこと言うような立場じゃないという見られ方もわかる。
だけど、僕も万能じゃないし、僕を含めた僕の部署の能力も、現時点での限界がある。
そんなことに目をつぶって、金のためにやるとか、誰もやらないからやってほしいとか、それで引き受けて十分な成果が出せずに相手を不満に思わせてしまうのなら、本音としてはやるべきでないと思っている。
非常に後ろ向きに見られかねない考えなので、こうやって人前で言ったことはない。
さらにこれまでは「頼まれれば何でもやる」というスタンスを崩さなかったので、これとは逆の、お前は仕事を選ぶのかというスタンスに見えるようなことは、口に出すことはとても躊躇する。
後ろ向きなのではない。
僕は至って前向きで、できなさそうなことにでもまだまだチャレンジしたい。
僕がチャレンジして、一所懸命仕事して、それで相手を喜ばせられて、そして自分も楽しくなったら大満足だ。
でも逆に自分が関わることで迷惑をかけることになり、仮にほかの人がやったなら迷惑かけることにならないのなら、その仕事はその人に譲りたい。
そんなことをよく考える。
冒頭の中古車屋さんのコメントを見て、自分が考えていることを書こうと思った。
何だかいろんな誤解を招きそうな内容だけど。
これは僕がいつも見ている中古車屋さんのネットのコメント。
(断っていないですが、そのまま転記します)
確かにこの店のコメントを読んでると、すごくぶっきらぼうで、こびることが全くなく、愛嬌で売ろうという感じを受けない。
そんなふうなコメントが面白くて、車買う気もないのに、僕はこの店の車情報をいつもチェックしている。
僕はここまで言い切ることはなかなかできないけど、これと似たようなことを、僕は自分の仕事で思っている。
カラーやスタンスを変えたくないとかそういうことではない。
仕事はやる気ある。
もっと仕事やりたい。
でも、じゃあ何でもやるかというと、何でもはやりたくない。
わがままで言うのではない。
自分が受け持つことで相手を満足させられないことが明らかなときは引き受けたくないということだ。
このご時世、そんなこと言ってる場合じゃないという理屈もわかる。
あんたはもうそんなこと言うような立場じゃないという見られ方もわかる。
だけど、僕も万能じゃないし、僕を含めた僕の部署の能力も、現時点での限界がある。
そんなことに目をつぶって、金のためにやるとか、誰もやらないからやってほしいとか、それで引き受けて十分な成果が出せずに相手を不満に思わせてしまうのなら、本音としてはやるべきでないと思っている。
非常に後ろ向きに見られかねない考えなので、こうやって人前で言ったことはない。
さらにこれまでは「頼まれれば何でもやる」というスタンスを崩さなかったので、これとは逆の、お前は仕事を選ぶのかというスタンスに見えるようなことは、口に出すことはとても躊躇する。
後ろ向きなのではない。
僕は至って前向きで、できなさそうなことにでもまだまだチャレンジしたい。
僕がチャレンジして、一所懸命仕事して、それで相手を喜ばせられて、そして自分も楽しくなったら大満足だ。
でも逆に自分が関わることで迷惑をかけることになり、仮にほかの人がやったなら迷惑かけることにならないのなら、その仕事はその人に譲りたい。
そんなことをよく考える。
冒頭の中古車屋さんのコメントを見て、自分が考えていることを書こうと思った。
何だかいろんな誤解を招きそうな内容だけど。
優等生はむしろ負け方を身につける ― 2011年05月16日 19時14分07秒
ある人、かつての同僚なんだけど、とても説明がきっちりしていて、説明のための準備も抜かりがない。
横で聞いていても、周到に根拠を固めて相手に向かうというスタンスが伝わってくる。
だから打ち合わせもたいていは失敗はしない。
平均点以上だ。
本人もうまくいったと満足の顔をすることが多い。
だけど、僕から見ると、いつも全体的な満足感がなかった。
何というか、相手が満足してくれたような手応えというのか、喜んでもらったという実感がないのだ。
僕だけが感じていたことなのかもしれないけど。
優等生なんだ、彼は。
それで、叱られないように先回りして手を打つ。
無意識なのか、意識的なのかどっちかわからないけど、たぶん無意識だね。
自覚してなかったと思う。
それは資料でもそう、言葉でもそう。
資料は、叱られないように根拠づけに気が回る。
説明は、叱られないように予防線を張る。
だから、言葉がどうしても先回りになるし、何か指摘されても、必ず一言の弁解をつけてしまう。
でも本人は自分では完璧でデキル人と思ってただろうなって思う。
たぶん、負け方を身につけていないんだろう。
優等生育ちは特に、自分がデキル人として扱われることに慣れすぎていて、デキナイ人になりかかったら、無意識に挽回しようとするんだよね。
だから自分の言うことを相手から否定されそうになったら、すぐに自分の正当性を説明して間違いじゃないことを示そうとする。
自分が言ってないことを相手が先に言ったら、自分もそれは知ってましたと言って、知らなかったような素振りは決して見せない。
でもね、負けてもいいんだよね。
自分のほうが間違ってたり、考えが足りなかったりしたのなら、ごめんなさい勉強しますでいいんだよ。
決定的なことはダメだよ。
そんなこと知らないでやってたの?ってことを知らないって開き直ったら、あなたに任せて大丈夫?ってことになるから。
でもそこまでじゃなかったら、素直に認めたらいいんだ。
さらにね、そうやって自分の至らなさを認めることで、相手が「自分の指摘で良くなった」って満足感を持つんだよ。
相手を勝たせて、自分は一歩下がる。
これでいいんだ。
たぶん優等生タイプは全勝を目指すからなんだ。
負けの場面はそのまま負けて、でも肝心なところではきっちり勝って、最終的にトータルで勝てばいい。
相手との対等意識が強い人は気をつけたほうがいいよね。
横で聞いていても、周到に根拠を固めて相手に向かうというスタンスが伝わってくる。
だから打ち合わせもたいていは失敗はしない。
平均点以上だ。
本人もうまくいったと満足の顔をすることが多い。
だけど、僕から見ると、いつも全体的な満足感がなかった。
何というか、相手が満足してくれたような手応えというのか、喜んでもらったという実感がないのだ。
僕だけが感じていたことなのかもしれないけど。
優等生なんだ、彼は。
それで、叱られないように先回りして手を打つ。
無意識なのか、意識的なのかどっちかわからないけど、たぶん無意識だね。
自覚してなかったと思う。
それは資料でもそう、言葉でもそう。
資料は、叱られないように根拠づけに気が回る。
説明は、叱られないように予防線を張る。
だから、言葉がどうしても先回りになるし、何か指摘されても、必ず一言の弁解をつけてしまう。
でも本人は自分では完璧でデキル人と思ってただろうなって思う。
たぶん、負け方を身につけていないんだろう。
優等生育ちは特に、自分がデキル人として扱われることに慣れすぎていて、デキナイ人になりかかったら、無意識に挽回しようとするんだよね。
だから自分の言うことを相手から否定されそうになったら、すぐに自分の正当性を説明して間違いじゃないことを示そうとする。
自分が言ってないことを相手が先に言ったら、自分もそれは知ってましたと言って、知らなかったような素振りは決して見せない。
でもね、負けてもいいんだよね。
自分のほうが間違ってたり、考えが足りなかったりしたのなら、ごめんなさい勉強しますでいいんだよ。
決定的なことはダメだよ。
そんなこと知らないでやってたの?ってことを知らないって開き直ったら、あなたに任せて大丈夫?ってことになるから。
でもそこまでじゃなかったら、素直に認めたらいいんだ。
さらにね、そうやって自分の至らなさを認めることで、相手が「自分の指摘で良くなった」って満足感を持つんだよ。
相手を勝たせて、自分は一歩下がる。
これでいいんだ。
たぶん優等生タイプは全勝を目指すからなんだ。
負けの場面はそのまま負けて、でも肝心なところではきっちり勝って、最終的にトータルで勝てばいい。
相手との対等意識が強い人は気をつけたほうがいいよね。
近況小ネタいろいろ:シミュレーション、写真、本、ウォーキング ― 2011年05月17日 21時29分04秒
iRICというシミュレーションソフトの開発の手伝いの一環で、チュートリアル(事例を使った手引き書のようなもの)の作成をしている。
一応たたき台はできて提出したのだけど、その勢いで、この際いろんな計算を試してみようと思って、条件を変えた計算をいろいろやってみている。
すると、思いも寄らぬところでエラーが出たり、ちょっと変えただけで計算時間がずいぶん変わったり、発見がいろいろ。
没頭すると楽しいのである。
それとは別に、昨年から始まった数値計算の勉強会が、今年度も継続と言うことで開催された。
僕はその勉強会の幹事役。
同世代のコンサルの河川技術者が集まって、熱心にディスカッションしている。
中堅以上の人達が集まったことで、それなりのレベルを保ててることがいいような気がする。
誰かが突出するのでもなく、足を引っ張るわけでもなく、ほどよくまとまっている。
ここでみんな刺激し合って、所属に戻っていい仕事ができるといいね。
もちろん僕も毎回刺激をもらっていますわ。
身の回りの整理をしたら、勉強しかけの資料がいくつか出てきた。
挫折したつもりはないのだけど、頭の片隅からも消えかかっていた。
またやるか。
先日、現地調査に行ったときに撮った鳥の写真を同僚からお褒め頂いた。
ま、いま残った僕のわずかな趣味のひとつなので。
鳥写真という限った意味ではなく、写真を撮るということ全般が。
普段は家族写真ばかりだけどね。
この時期、そんなに仕事に追われないので、本を読む時間をたっぷりとれる。
3~5冊を気分とか場所とかで読み分けるように、同時に読み進めている。
小説が多いかな。
さくらももこのエッセイを思いつきで買ったけど、確かうちにあったなぁ。
失敗したなぁ。
6月に大学で1コマの講義を頼まれたんだけど、何を話そうか。
去年もやったのだけどあまり反応がよろしくなかった。
無反応な学生らのほうが悪かったと先生からなぐさめられたけど、それでもね~。
リベンジ、頑張らなきゃ。
先日の打ち合わせでの相手方の役所の人。
しゃれた若い人だったのだけど、とてもさわやかで淡々としていて、声のトーンも落ち着いていて、素晴らしいなって思った。
打ち合わせなので、その場でいろんな意見とか考え方が出てくるのだけど、それでも声のトーンも表情も全然変わらず、さわやかな笑顔で組織としての考えとか、
それを踏まえての自分の見方を話す。
なかなかできることではないよね。
僕もそんな風にできたらいいなぁと思った。
朝のウォーキングが1年続いた。
雨の日とか、早朝からの出張の日とか、前日飲み過ぎた日とか、休む日はたびたびあるのだけど、だいたいは歩いている。
最近は走る区間も組み合わせるようになった。
そのおかげか健康診断の結果はすこぶる良好。
そもそも、昨年の健康診断で、
先生「何か運動してますか?」
僕「いえ特に何も」
先生「運動してない割に健康ですね」
という妙なやりとりをして、それだったら何か運動してやろうとムキになったのがウォーキング始めたきっかけだから、さらに健康になったということか。
でも油断大敵ですな。
健康がウォーキングのおかげかどうかはわからないからね。
食生活とか睡眠とかのほうが効いている気がするから。
昨日、東京で別の会社のコンサルにいる友人にメールしたら、いまも残業だらけで「返信がこんな時間になっちゃった」と夜中の3時半くらいのメールが帰ってきた。
しかも「まだもうひと仕事」と書いてあった。
すさまじいなぁ。
そんな時間まで仕事やったの、いつのことだろう。
幸せとも思えるけど、それだけ仕事してない不幸とも見えたりして。
そりゃないか。
ま、こんなとこで。
一応たたき台はできて提出したのだけど、その勢いで、この際いろんな計算を試してみようと思って、条件を変えた計算をいろいろやってみている。
すると、思いも寄らぬところでエラーが出たり、ちょっと変えただけで計算時間がずいぶん変わったり、発見がいろいろ。
没頭すると楽しいのである。
それとは別に、昨年から始まった数値計算の勉強会が、今年度も継続と言うことで開催された。
僕はその勉強会の幹事役。
同世代のコンサルの河川技術者が集まって、熱心にディスカッションしている。
中堅以上の人達が集まったことで、それなりのレベルを保ててることがいいような気がする。
誰かが突出するのでもなく、足を引っ張るわけでもなく、ほどよくまとまっている。
ここでみんな刺激し合って、所属に戻っていい仕事ができるといいね。
もちろん僕も毎回刺激をもらっていますわ。
身の回りの整理をしたら、勉強しかけの資料がいくつか出てきた。
挫折したつもりはないのだけど、頭の片隅からも消えかかっていた。
またやるか。
先日、現地調査に行ったときに撮った鳥の写真を同僚からお褒め頂いた。
ま、いま残った僕のわずかな趣味のひとつなので。
鳥写真という限った意味ではなく、写真を撮るということ全般が。
普段は家族写真ばかりだけどね。
この時期、そんなに仕事に追われないので、本を読む時間をたっぷりとれる。
3~5冊を気分とか場所とかで読み分けるように、同時に読み進めている。
小説が多いかな。
さくらももこのエッセイを思いつきで買ったけど、確かうちにあったなぁ。
失敗したなぁ。
6月に大学で1コマの講義を頼まれたんだけど、何を話そうか。
去年もやったのだけどあまり反応がよろしくなかった。
無反応な学生らのほうが悪かったと先生からなぐさめられたけど、それでもね~。
リベンジ、頑張らなきゃ。
先日の打ち合わせでの相手方の役所の人。
しゃれた若い人だったのだけど、とてもさわやかで淡々としていて、声のトーンも落ち着いていて、素晴らしいなって思った。
打ち合わせなので、その場でいろんな意見とか考え方が出てくるのだけど、それでも声のトーンも表情も全然変わらず、さわやかな笑顔で組織としての考えとか、
それを踏まえての自分の見方を話す。
なかなかできることではないよね。
僕もそんな風にできたらいいなぁと思った。
朝のウォーキングが1年続いた。
雨の日とか、早朝からの出張の日とか、前日飲み過ぎた日とか、休む日はたびたびあるのだけど、だいたいは歩いている。
最近は走る区間も組み合わせるようになった。
そのおかげか健康診断の結果はすこぶる良好。
そもそも、昨年の健康診断で、
先生「何か運動してますか?」
僕「いえ特に何も」
先生「運動してない割に健康ですね」
という妙なやりとりをして、それだったら何か運動してやろうとムキになったのがウォーキング始めたきっかけだから、さらに健康になったということか。
でも油断大敵ですな。
健康がウォーキングのおかげかどうかはわからないからね。
食生活とか睡眠とかのほうが効いている気がするから。
昨日、東京で別の会社のコンサルにいる友人にメールしたら、いまも残業だらけで「返信がこんな時間になっちゃった」と夜中の3時半くらいのメールが帰ってきた。
しかも「まだもうひと仕事」と書いてあった。
すさまじいなぁ。
そんな時間まで仕事やったの、いつのことだろう。
幸せとも思えるけど、それだけ仕事してない不幸とも見えたりして。
そりゃないか。
ま、こんなとこで。
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