中堅世代のレベルの低下の嘆き ― 2015年04月12日 09時21分06秒

ほとんど雪がなくなった。
奥のほうにちょっとだけあるけどね。
これで桜が咲けば春実感、でももう少し時間がかかりそう。
4月になって仕事もだいぶ落ち着いている。
と言っても、今年度業務のための技術提案を考えたり、業務ごとの1年間の組み立てを考えたりやることはある。
まあ、2月3月のようには時間に追われないので、ゆっくり時間を使って考えられるから、やはりこの時期はいいよね。
昨年は特に感じたのだけど、年度の後半になると業務で一杯一杯になって、勉強とか調べ物とかをじっくり出来るのは年度の前半、その時期にやっとくべき。
業務にハマり込んで集中力を使っているときも伸びるときはあるけど、新たなことに手を出したり勉強して吸収するときに自分の武器が増えるというか、自分で自分の幅を広げられるのはこの時期。
なので、年度の前半はそうやって自分を広げることを意識して時間を使おうと思う。
先日、人づてに聞いた話だけど、3月の学会・水工学講演会に出た東京のある先生が、発表が稚拙なものが増えて、このレベル低下をどうすればいいのかと頭を悩ませているとのこと。
自分もその学会で発表したので自分のことも含まれているかもと思うと耳が痛いけれど、このたぐいのことは何も学会にかぎらずいろんなところで耳にする。
僕らの世代も含まれるのだろうけど、いわゆる中堅世代以下の技術者研究者レベルの低下はほぼ事実なのかもしれない。
超一流の人は昔と変わらずできるままで、その他大勢の普通から一流クラスのレベルが下がっているのかもしれない。
技術者と研究者とでは内容的には少し違うとは思うけど。
人の庭の話から先に、仮に研究者もレベル低下があるとすれば、河川や水理学系の分野では、ひとつに数値計算のやり過ぎがひとつの原因か。
数値計算に力を入れている研究者の方からは反論はあるかもしれないけどね。
僕もプログラムをつくって計算をしたりしていたのでその実感で言うと、計算のプログラムをつくるのには圧倒的に時間がかかる。
大学時代に同じ研究室にとてもできる同期がいたのだけど、彼のような超一流だとプログラムなんてぱぱっとできてしまうけど、僕を含めた凡人もしくは普通の人だとプログラムはとにかく時間がかかる。
モデル化しないと論文にならないという常識なのか固定観念なのかがあるのはわかるけど、もっと考えるべきことはあるはず。
プログラムをいじっている間は少なくともほかのことは考えられないので、考えたことの量とか質では、プログラムばかりやってると、いろんなことを考えるという点では劣ることになりがち。
なので、そもそもの現象がどうなのかとか、結果の考察とか、その研究がどんなことにつながっていくのかとか、もっと考えるべきことがいろいろあっても、それを考える時間がなくなる。
で、計算やって合いました合いませんでしたという、足元をうろうろするだけの議論から出られない。
実務者のほうで言えば、世の中がきっちりしてきたために、ちょっとした失敗も許されないと言うか、失敗したくないという風潮が中堅世代の成長を妨げてきた面があると思う。
業務の評価が下がるとかね。
それで、組織としては、それを無難にしようとすれば、できる人にやらせるというのが一番簡単な方法で、ちょっと難しいかなということは上のできる人がやるのが無難で、言い換えるとまだできない人にはそれをやらせないということ。
つまりそれは役割分担で、役割分担って言葉の響きはとてもいいし、合理的だし、失敗も少なくなるし、組織の発想としてはベストのように見えるけど、役割分担を徹底すると下の人にチャレンジさせる機会をつくらなくなる。
下の人にとっては、ちょっと難しい仕事は上がやってしまうから楽でいいんだけど、やらないと経験にならないので、経験がないままに気づいたら中堅とか上になっていたということになりかねない。
楽をした結果、自分が中堅になったときには若いときにやった程度の仕事しかできなくて中堅として求められることがこなせず、チャレンジした経験もないからチャレンジする勇気も湧かず、仕事が思うように進まない。
自分から楽をしようとした結果なのか、組織が役割分担で自分に楽をさせた結果なのか、どっちのせいかはわからないけど、結果的に技術的に不十分な中堅になっていたら、取り返すのは容易ではない。
まあそんなことを常々思っているのだけど、世の中を嘆く前にまずは自分からということで、自分はこつこつとやっていきますか。
特にこの4月から9月くらいまでの時期は発想を広げる訓練と具体の勉強を。
奥のほうにちょっとだけあるけどね。
これで桜が咲けば春実感、でももう少し時間がかかりそう。
4月になって仕事もだいぶ落ち着いている。
と言っても、今年度業務のための技術提案を考えたり、業務ごとの1年間の組み立てを考えたりやることはある。
まあ、2月3月のようには時間に追われないので、ゆっくり時間を使って考えられるから、やはりこの時期はいいよね。
昨年は特に感じたのだけど、年度の後半になると業務で一杯一杯になって、勉強とか調べ物とかをじっくり出来るのは年度の前半、その時期にやっとくべき。
業務にハマり込んで集中力を使っているときも伸びるときはあるけど、新たなことに手を出したり勉強して吸収するときに自分の武器が増えるというか、自分で自分の幅を広げられるのはこの時期。
なので、年度の前半はそうやって自分を広げることを意識して時間を使おうと思う。
先日、人づてに聞いた話だけど、3月の学会・水工学講演会に出た東京のある先生が、発表が稚拙なものが増えて、このレベル低下をどうすればいいのかと頭を悩ませているとのこと。
自分もその学会で発表したので自分のことも含まれているかもと思うと耳が痛いけれど、このたぐいのことは何も学会にかぎらずいろんなところで耳にする。
僕らの世代も含まれるのだろうけど、いわゆる中堅世代以下の技術者研究者レベルの低下はほぼ事実なのかもしれない。
超一流の人は昔と変わらずできるままで、その他大勢の普通から一流クラスのレベルが下がっているのかもしれない。
技術者と研究者とでは内容的には少し違うとは思うけど。
人の庭の話から先に、仮に研究者もレベル低下があるとすれば、河川や水理学系の分野では、ひとつに数値計算のやり過ぎがひとつの原因か。
数値計算に力を入れている研究者の方からは反論はあるかもしれないけどね。
僕もプログラムをつくって計算をしたりしていたのでその実感で言うと、計算のプログラムをつくるのには圧倒的に時間がかかる。
大学時代に同じ研究室にとてもできる同期がいたのだけど、彼のような超一流だとプログラムなんてぱぱっとできてしまうけど、僕を含めた凡人もしくは普通の人だとプログラムはとにかく時間がかかる。
モデル化しないと論文にならないという常識なのか固定観念なのかがあるのはわかるけど、もっと考えるべきことはあるはず。
プログラムをいじっている間は少なくともほかのことは考えられないので、考えたことの量とか質では、プログラムばかりやってると、いろんなことを考えるという点では劣ることになりがち。
なので、そもそもの現象がどうなのかとか、結果の考察とか、その研究がどんなことにつながっていくのかとか、もっと考えるべきことがいろいろあっても、それを考える時間がなくなる。
で、計算やって合いました合いませんでしたという、足元をうろうろするだけの議論から出られない。
実務者のほうで言えば、世の中がきっちりしてきたために、ちょっとした失敗も許されないと言うか、失敗したくないという風潮が中堅世代の成長を妨げてきた面があると思う。
業務の評価が下がるとかね。
それで、組織としては、それを無難にしようとすれば、できる人にやらせるというのが一番簡単な方法で、ちょっと難しいかなということは上のできる人がやるのが無難で、言い換えるとまだできない人にはそれをやらせないということ。
つまりそれは役割分担で、役割分担って言葉の響きはとてもいいし、合理的だし、失敗も少なくなるし、組織の発想としてはベストのように見えるけど、役割分担を徹底すると下の人にチャレンジさせる機会をつくらなくなる。
下の人にとっては、ちょっと難しい仕事は上がやってしまうから楽でいいんだけど、やらないと経験にならないので、経験がないままに気づいたら中堅とか上になっていたということになりかねない。
楽をした結果、自分が中堅になったときには若いときにやった程度の仕事しかできなくて中堅として求められることがこなせず、チャレンジした経験もないからチャレンジする勇気も湧かず、仕事が思うように進まない。
自分から楽をしようとした結果なのか、組織が役割分担で自分に楽をさせた結果なのか、どっちのせいかはわからないけど、結果的に技術的に不十分な中堅になっていたら、取り返すのは容易ではない。
まあそんなことを常々思っているのだけど、世の中を嘆く前にまずは自分からということで、自分はこつこつとやっていきますか。
特にこの4月から9月くらいまでの時期は発想を広げる訓練と具体の勉強を。
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