みんなホントは思うより寛容ですよ2009年01月19日 22時47分04秒

前のこのブログで、ギリギリで行動する習慣はとっさの事態に弱いという話を書きました。
電車が遅れたり、天気が悪くてちょっと歩きにくかっただけですぐ遅刻してしまうかもしれません。
そんなことを繰り返しているうちに、あの人は時間にルーズな人だというレッテルをはられたりします。

時間にルーズって、無意識なところで信用されにくくなるんですよね。
普段はいいんですよ、普通の仕事をしているときには。
でも、ちょっと大事で、失敗したくないような仕事がきたときに、その人に任せようという気になれないんです。
無意識に。
いくら普段いい仕事をしていても、どこか全幅の信頼をおけない。
だから時間の自己管理って仕事の信頼関係のなかではとても大事。

でも、だからと言って、絶対に遅刻はいかんというわけでもないですよね。
事情があるときは誰にでもあります。
忘れ物して途中でうちに引き返して電車3本遅れたとか、家族の体調が悪くて家の用事をこなしてから出てきたとか、日常ではいろんなことが起こります。
何となく行く気がしないというときだってあるかもしれませんね。

そういうときはいいんですよ、時間を守れなくて。
適当に遅れてきたらいい。

それが許せるためには普段をきっちりしていることが必要です。
普段きっちりしていると、まわりも「たまには遅れることもあるよな」とか「今日は何かあったのかな」と優しい目を持つことになります。
普段からいつも遅れていたら、本人は非常事態のつもりでいても、まわりは「いつものことでしょ」くらいにしか見ませんね。

まわりって、自分が思っている以上に寛容だと思うんですよ。
失敗も、何か事情がありそうなときはいたわってあげたいし、責めたりなんかしたくない。

そのためには、寛容になってもらうための普段の自分のふるまいが大事だということになります。
失敗も、多少の怠けもいいんです。
それが無意識にまわりから許されるように、普段をまわりから認めてもらえるような習慣づけが大事だと思っています。