失敗や問題を自分で引きとる2013年04月02日 22時14分26秒

WBCの敗戦ってもう昔の話みたいになっちゃったけど、3月30日の朝日新聞のスポーツ面にあったコラム。

何か失敗とか問題が起こった時に、自分はどう受けとめるか。
この内川のように自分が悪かったとひたすら反省するか、自分は悪くないと自分の正当性が先に来るか。
スポーツの場面だけでなく日常の仕事の場面でも実はよくあることだよね。

性格によるところもあるし、これまでの経験からの学習で振る舞いが決まることもある。
経験のほうが大きいのかな。
謝ったら負けだという知恵がいつの頃かに頭に入り、しょうがなかったという言い訳のような弁解をして、自分は悪くないという状況をつくることに頭を使う。
それが社会での器用な生き方と思ったりしてね。

逆に、自分の非を認めて、人を責めないということばかりしていると、自分が悪かったという結果が残り、それだけしか見ないひとには悪い印象となり自分の評価も下るかもしれない。
それに、何より、自分で背負いこんでばかりいたら、自分の身がもたない。
そう考えるとできるだけ自分の問題にしないほうが得策な気がしたりして。

だけどさ、それにしても、人のせいにするほうが先にくる人、多くないか?
何となくだけどさ。
人のせいにするとまでいかなくとも、自分が悪かったんだと、自分の非をきっちり認めようとしないという人、多くないか?
どこでどんな知恵をつけたのかは知らんけど、自分の非を認めず、正当性をなんとか主張しようとしてるのを見たら、格好悪いよそれって思っちゃう。

本当は人のことはどうでもいいんだ。
人がどういう振る舞いをするかより、自分がどうするかだから。
僕はどちらかと言うと自分で背負いこんでしまおうとする。
性格というより経験から。

仕事の場面では、誰か一人が悪いってことはほとんどない。
ある人が失敗したとしても、じゃあそれを上司はどんな指示したのかとかさ、仕事では必ずほかの立場の人もからむから、一人が全て悪いってことはほぼないよね。

ただ、そんな場面で、お互いにあいつが悪いからこうなったんだということだけしか考えなかったらおかしくなる。
お互いに、自分が悪かったところを客観的に認識して反省する。
そして、周りの人が足りなかったところも自分なりに考える。
そして自分にフィードバックする。
背負い込みすぎず、開き直らず。

やっと終わった2013年04月04日 23時55分19秒

1週間ぶりの帯広。
先週の寒さとはがらりと変わって今日は快晴、春の暖かさ。

今日は今年度の業務提案。
今日のためにずっと胃が痛かった。
いくら悩んでも自分の実力以上のことはできないんだよなと思いつつ、でも、自分の提案がどう受け取られるかと考え始めたら堂々巡りで収拾つかない。

でも、結局はさ、時間が来たら仕事って終わるんだよね。
僕の最後の開き直りって、これなんだよね。
実力以上のことはできないし、そのギリギリのところをやっていれば、その時がきたらそれで終わる。
やることをやっていれば、仮に責められることがあっても、命までとられることはない。

だから、自分としては、やれることを広げるために、日常で実力を高めるところに精力を注ぎたいと思う。
それと、胃が痛くなってばかりだとしんどいから、もうちょっと強くなりたいなあって思う。

2013札幌ドーム日ハム観戦 1回目2013年04月05日 23時41分05秒

今シーズンの本拠地初戦、ほとんど見どころなく完敗。
あまり面白くないゲームだった。

今日はライトスタンドで観戦した。
座った席の隣に少年たちが3人いたのだけど、途中に大人(おっさん)がやってきた。
オヤジが仕事を終わらせて駆けつけたという感じ。
そして、負けゲームで応援があまり盛り上がらなかったせいかもしれないけど、そのおっさん、少年たちにグタグタと野球の解説を始めた。
それも、ゲームの解説というよりは、ピッチャーの良い投げ方悪い投げ方とか、バッターのくせとか、少年たちに野球を教えるという感じで、うんちく話をし始めて止まらなくなった。

もしかしたらオヤジではなく、少年たちの野球の指導者なのかもしれない。
だけど5回くらいから試合終了までずっとやってた。
うるさかった。
それに、そんな話ばかり少年たちにずっとやってたら、少年たちは球場にいながら野球を見れないだろう。
おっさんのほうを見ないわけにいかないからさ。
そんなことにおっさんは気づくことなく、ずっと自分のうんちくに酔っていた。
少年たち、気の毒だった。

今日はイマイチの観戦日だった。

飛鳥井千砂、越谷オサム、近藤史恵、三羽省吾、松樹剛史2013年04月06日 19時13分19秒

JR帯広駅近くの長崎屋の中に入っている本屋さんがとても充実している。
出張帰りの時間つぶしに困ってぶらぶら入ってみたのだけど、フロアが広くて本も多くて、そして読みたくなるような本がなぜかよく見つかる。
ある程度の量の本が置いてあれば本屋なんてどこでも同じと思っているけど、微妙なところで何かが違うのだろう。
何が違うのかはわからないけど。
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学校のセンセイ 飛鳥井千砂
熱い教師とは真逆の冷めた先生が主人公。
口語体のルーズな感じの文体はあまり好きにはなれないけど、内容的には◯、読後感も◯。

金曜のバカ 越谷オサム
短編集。
表題作もいいけど、恐竜マニアの男の子と謎な真面目女がデートする物語がグッド。
楽しい物語が多くて◎、読後感も◎。

空色メモリ 越谷オサム
文化部系の高校生の話。
運動部系で育つと文化部系って最初から色眼鏡で見そうになるけど、こういう高校生活も面白いなと思った。
高校生活もう一度やりたいね◎、読後感も◎。

カナリヤは眠れない 近藤史恵
何かへの依存症の人がたくさん出てくるお話。
優雅な生活している友達に合わせて自分も変わっていっちゃう女性の心の動きにどきどき。
この作者の小説は安心して読めて◯、読後感も◯。

スクールセイバー 須藤靖貴
若手の学校の先生の話。
勢いで一気に読んだけど、なんにも残らなかった感じ。
面白い小説とは思うけど△、読後感はまあ◯。

スポーツドクター 松樹剛史
高校生のバスケの女の子の膝の怪我の話から始まり、特に頑張る人がぶつかる体の問題が小説になっている。
選手自身の問題というより指導者に問題があるというのがポイントか。
後半がほとんどドーピングの話になっていて、もっといろんな話を読みたかったなと思ったのがやや残念だけど◯、読後感も◯。

路地裏ビルヂング 三羽省吾
ボロい雑居ビルに入るいろんな会社の話が繰り出される。
五話目のモーレツ営業社員の挫折に同情。
仕事のことをいろいろ考えられて◯、読後感も◯。

シノダ!チビ竜と魔法の実 富安陽子
シノダ!樹のことばと石の封印 富安陽子
児童文学というのか、童話と言ってしまっていいのか。
帯を読んで面白そうかなと思って買ってみた。
でもチビ竜はまだ良かったけど、もうひとつのほうは気持ちが入り込まず、途中でやめちゃった。
物語としてはたぶん○だと思うんだけど、僕には合わず△、読後感はチビ竜△もうひとつは不明。
そもそも親がキツネという設定は・・・それくらいはわかった上で買うべきか。


あと、実はもう1冊あった。
だけど、あまりに残酷で理解不能な小説で、読み始めたら吐き気がするほど嫌悪感をもつ文庫だった。
カバーとそこに書いてあった解説ではそんなこととうてい分かり得なかった。
タイトルも作者も書く気にもなれない。
メディアワークス文庫、ここの本はもう絶対に買わない。
本はばらばらにしてシュレッダー行き。
ああ不快。

勉強しよう、自分のやり方、多趣味は仕事の邪魔か2013年04月11日 20時48分50秒

最近勉強してないなと思った。
仕事をしていると、その中でわからないことを調べたりすることはあるのだけど、そういう場合は、必要なことだけ調べるだけでそれで終わってしまうことが多いのでどうしても知識が断片的になる。
そして仕事をたくさんこなすうちにその断片的な知識が増えてきて、これが経験で身につけた知識ということになる。
そういう業務経験で身につけた知識は自分の中で絶対的なものになりやすい。
自信を持っちゃうんだな。
それに、知ってることが着実に増えているという実感を持ったりもしてね。
でもやっぱり業務経験での知識は偏ってしまう。
だから、いつもとは言わないけど、余裕のあるときにはきちっとした教科書的な勉強をしておくべきなんだな。
と言うことで河川の基礎的なおさらいの勉強をしよう。


自分のやり方という言葉は好きじゃない。
そんなことにこだわっていたら、ほかの人のいいやり方が目に入らなくなるし、ほかのやり方にチャレンジすることがなくなる。
だけど、仕事がそこそこできるようになったら、自分のやり方という言葉に酔っちゃうことがある。
でも、誰も真似できないくらいの超一流の人が言うならまだしも、ごく普通の仕事をしているなかでは、絶対に変えないでいいくらいのやり方なんてない。
自分のやり方なんて言うのは、それはほかのやり方をやりたくない言い訳にすぎない。


趣味を持ちすぎることが仕事の障害になるかどうかという話になった。
好きなことを多く持つとエネルギーが分散されて仕事のことをあまり考えなくなるということだ。
人によってはそういう面はあるかもしれない。
でも僕は多趣味自体は悪いことではないと思うし、仕事に影響するとも言えないと思う。
だけど、多趣味が仕事に影響するのではなく、仕事が満たされていないから趣味に逃げるということはあると思う。
逃げ腰で仕事をしてくると、ある程度の年齢になった時、年齢・立場なりに求められることに対して自分の実力が足りない状態になる。
そうすると、仕事で言い訳ばかりするようになり、評価されないから仕事がつまらなくなり、仕事も大事だけどプライベートも大事だよなという議論のすり替えをするようになり、趣味の人というそれはそれで美しい姿でごまかそうとする。
やっぱり仕事あっての趣味だよね。
仕事が全てだとは思わないけど、仕事より趣味とも思わないんだな。