ダム事業中止は誰のためなのだろうか ― 2009年09月28日 05時56分24秒
民主党の八ツ場ダム中止方針はちょっと急ぎすぎた気がするね。
結論ありきでで進みすぎた。
僕自身は中止か継続か、どちらがいいかはわからない。
このダム計画の詳しいことを知らないからね。
党の方針として大規模公共事業の見直しというのは国民受けしやすいし、さらに八ツ場ダムや川辺川ダムとか社会問題としてたびたび取り上げられるような物件(と言っていいのか)をターゲットにしたら、賛同も得やすい。
だけどそれはあくまで、国民全体の総論としての共感だよね。
日本全体ではなくて、その地域の当事者の共感という視点はあったのだろうか。
誰のためのダム中止なのか。
地方分権とは言いつつ、これだと中央で決めたことに地域を従わせるという、超中央集権の考え方だよね。
子育て支援なんかは日本全体まんべんなく当てはまることだけど、ダム事業って最後は地域個別のことだからさ。
中央でえいって最初から決めてしまうことじゃないと思うんだよね。
リーダーシップに固執しすぎたかな。
八ツ場ダム賛成と言いたいのではないですよ。
ダムの是非ではなく、決め方の問題。
地域の人の感情を大切にするという視点がどうも抜けているような気がするんだよね。
ほかの公約は、例えば子育ての支援金とか高速道路無料化は、当事者保護なんだよね。
子育てで苦労している家庭、高速道路を使う利用者の人たちを補助するかわりにほかの人たちがその分を負担する。
だけどダム中止は、日本全体の何となくの世論を尊重して、当事者はその次って順番が逆になっちゃった。
そもそもダム事業って、すごい数の人が関わっているんだよね。
移転とかで振り回される住民もそうだし、事業者側も技術を結集させるためにいろんな分野からものすごい人数が関わっている。
だから、20年とか30年とかの間に関わったこれまでの当事者の人たちの心の中にはいろんな履歴があって単純ではない。
数十年の過程の全てを完璧に理解するのは無理だとしても、少なくとも当事者の人たちがどう考えてきたのか、何をどう納得しようとしてきたのかを理解する努力をしてから是非の判断をすべきなんだろう。
公共事業というひと言でくくるとすごく無機質なんだけど、人だからね、関わっているのは。
まず当事者を頭に思い浮かべなきゃね。
結論ありきでで進みすぎた。
僕自身は中止か継続か、どちらがいいかはわからない。
このダム計画の詳しいことを知らないからね。
党の方針として大規模公共事業の見直しというのは国民受けしやすいし、さらに八ツ場ダムや川辺川ダムとか社会問題としてたびたび取り上げられるような物件(と言っていいのか)をターゲットにしたら、賛同も得やすい。
だけどそれはあくまで、国民全体の総論としての共感だよね。
日本全体ではなくて、その地域の当事者の共感という視点はあったのだろうか。
誰のためのダム中止なのか。
地方分権とは言いつつ、これだと中央で決めたことに地域を従わせるという、超中央集権の考え方だよね。
子育て支援なんかは日本全体まんべんなく当てはまることだけど、ダム事業って最後は地域個別のことだからさ。
中央でえいって最初から決めてしまうことじゃないと思うんだよね。
リーダーシップに固執しすぎたかな。
八ツ場ダム賛成と言いたいのではないですよ。
ダムの是非ではなく、決め方の問題。
地域の人の感情を大切にするという視点がどうも抜けているような気がするんだよね。
ほかの公約は、例えば子育ての支援金とか高速道路無料化は、当事者保護なんだよね。
子育てで苦労している家庭、高速道路を使う利用者の人たちを補助するかわりにほかの人たちがその分を負担する。
だけどダム中止は、日本全体の何となくの世論を尊重して、当事者はその次って順番が逆になっちゃった。
そもそもダム事業って、すごい数の人が関わっているんだよね。
移転とかで振り回される住民もそうだし、事業者側も技術を結集させるためにいろんな分野からものすごい人数が関わっている。
だから、20年とか30年とかの間に関わったこれまでの当事者の人たちの心の中にはいろんな履歴があって単純ではない。
数十年の過程の全てを完璧に理解するのは無理だとしても、少なくとも当事者の人たちがどう考えてきたのか、何をどう納得しようとしてきたのかを理解する努力をしてから是非の判断をすべきなんだろう。
公共事業というひと言でくくるとすごく無機質なんだけど、人だからね、関わっているのは。
まず当事者を頭に思い浮かべなきゃね。
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