ボケとツッコミのどちらを目指すか2014年07月20日 20時22分24秒

昔、僕が大阪の高校生だった頃にダウンタウンが現れた。
当時まだ彼らは漫才をやっていて、後にも先にもこんなに漫才で笑ったことはないと思うくらい僕には彼らの漫才は面白かった。

その頃、何となくダウンタウンは松ちゃんだよなと思っていた。
もちろん浜ちゃんも面白いんだけど、ボケる松ちゃんの独特さが僕には面白かった。

最近になって、職場とか知り合いとのお喋りとかで、この人はうまくボケる人だなとか、ツッコミばかりの人だなとか何となく観察するようになったことに気づいた。
気づいたついでに、自分はどんなタイプに感心するのかと注意していると、どうもさり気なくボケる人に好感を持つようだ。
それで、松ちゃんを見ていた高校生の頃の自分を思い出したのだ。
無意識のところは高校生の頃から変わっていないということか。

日常レベルで言うと、うまくボケるのは結構ムツカシイ。
それも、相手が何か言った時の返しでボケるのではなく、最初からとぼけたことを言って場を和ませたり、相手にツッコミどころをつくるとか、うまくできる人はそんなにいない。

ツッコミが得意と思っている人は、相手の言うことに「何やそれ」とか「それって○○だろ」とか、俺はちょっと違う見方をしてみたぞというのを示して笑いをただ持っていこうとするだけの人が多い。
しかもボケた人を上から叩く感じでつっこむことが多いので、うまくいくと相手より優位な立場に立つ感覚になるんだな。
だからツッコミの人は、うまくつっこめた(と自分で思う)ときは、してやったりという優越感に浸っている表情をしていることが多い。

でもボケてる人は打ちのめされた表情をするかというとそうでもなくて、こちらも満足な顔をする。
ボケる方は相手につっこみどころを意図的に作り出しているわけだから、相手がうまくつっこんでくれたらむしろ思い通りで、うまくいったと満足なんだな。

どちらがすごいとかはわからないよ。
ツッコミのセンスがいい人と話すとやはり会話は盛り上がるし、ボケもいいボケされると場は和むし話は膨らむ。

だけど、僕の見方で単純に言うと、ボケる人はつくりだす人で、ツッコミの人は相手がつくりだしたものを使う人なんだな。

これは仕事に置き換えられて、資料をゼロからつくる人がボケの役割で、チェックする人がツッコミの人。
ボケるつもりで資料をつくってるわけではないと言われそうだけどね。
チェックする人は、例えば打合せの場面なんかを想像すると、できるだけ鋭い指摘をしたくなるよね。
まわりからさすがだなって思われるような。

だけど、そんな鋭いツッコミも、何かを生み出された資料があるのが前提で、ものも何もなければつっこめない。
鋭さはわかるんだけど、つっこみの人は、生み出す人がいなければ生きていけない。

くどくど書いたけどさ、最近ずっとこんなことが頭のなかにあって、僕は何を目指すのか、鋭いツッコミができる人ではなくて、ツッコミの人が仕事しやすくなるようなものをゼロから生み出せるボケの人を目指そうと思っているんだな。
やっぱり僕は高校生の頃に見た松ちゃんなんだ。