朝日記事「富良野塾 閉塾へ」倉本聰さんの苦言2007年11月24日 06時09分51秒

11月21日の朝日新聞に倉本聰さんが富良野塾を2010年に閉じるという記事がありました。

なぜやめるか。
これからは飛び込んできたばかりの若者を育てるのではなく、塾を巣立った卒塾生をもう一度教えていく場をつくるのだそうです。

たまごをかえすのではなく、ヒナを育てる、成鳥を鍛えるということなのでしょう。

コメントの中に、年々応募してくる若者の質が低くなってきていて、受け身で教わろうという態度が目立っているとありました。
大学院レベルで講義をやりたいのに、現状ではついてこられる塾生が少ないのだそうです。

富良野塾くらいになれば、相当な志があって覚悟を決めたような若者が集まるのだろうと思っていたのですが、そうもならなくなってきているようです。
あるいは志はあっても、行動が伴わないのでしょうか。

知り合いの大学の先生と話をしていても、学生の学力低下が甚だしいとよく嘆かれます。
理系で工学部に進んできているのに、高校レベルの微分積分がおぼつかない。

僕も学生さんと話をすると、具体の知識レベルよりいわゆるやる気のところで物足りなさを感じるときがよくあります。

学生さんと就職の話をしたら、楽なところがいい、休みがとれて残業がないところじゃないとダメなんですということを平然と言います。
自分の時間がきっちりとれないとイヤだそうです。
ま、それはそれで大事なことだし、個人の価値観なので全くの否定はしませんが、その意識が先行するのはちょっともったいない気がします。

僕も同じく自分の時間は大事で、いまは時間を惜しまず仕事をしようとは思わないです。
ただ自分の時間のほうが大事なのでなく、仕事とプライベート両方大事で、それを両立させようとして葛藤しています。

僕が学生さんと話をしたときに感じた違和感は、両立でなくプライベートに重きがありすぎること、それと、それが自分からわき出た考えというより世間の風潮に流されて思いこんでいるような気がしたことです。

もっともらしいですからね。働き過ぎはよくないという話は。
テレビや新聞でのそんな言い方を聞いているうちに、それが自分の考えのようになっていくのでしょう。

仕事はほどほどにして、自分の時間が大事とするのもいいです。
だけどそう考えている間に、まわりの頑張る人にどんどん先を行かれてしまいますよ。
正論を主張している間に自分が取り残されているという状態が起こりえます。
10年後そうなっていたら、頑張ってきた人と同じ土俵に乗っかれず、まわりでぼやくだけの立場になってしまいます。

頑張ってばかりでは疲れるし、仕事だけの一辺倒もいいとは思っていませんが、志は高く、いろんなことにやる気をもって、あとは時間のやりくりで高めていくというのでどうでしょうか。

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